2005年09月07日

イヤなのは類型化だったんだ。

3週間ぶりくらいに電話をくれた友との会話から、今さらながら「もやもや」の正体を掴む。
イヤなのは類型化だったんだ。
なんとなく薄々わかっていたけれど、今日の会話でとてもクリアーになったのでメモしておきます。

それは血液型だったり、性別だったり、人種だったり、生まれであったり、学歴や職業であったり、兄弟姉妹の有無だったり、ちょっと前からはやっている「負け犬論」であったり。
ジャンルは数限りなくあるけれど、「AならばB」形式で語られることに対して強烈に反発を感じていたんだ。
良いことを言われても悪いことが言われても、それはまったく関係ない。例えそれが合っていようと、トンチンカンであろうと、ともかく嫌な気分がする。

その反発心は「私を見てない」ことから発生している。
例えその分類が数億通りあったとしても、そういう意味で私は反発を感じ続けるんだと思う。
逆に、「私」と接してくれている相手と居る時間は私を元気にする。私に力を与える。

予測不可能なことが多いから生身の人間との関わりはおもしろいわけだし、すべてが整然としていることに快感を覚える人もいるかもしれないけれど、少なくとも私はこの世がいびつなイレギュラーの塊だからこそ魅力的なのだと感じている。
もしすべてを予期できるのならばこの世への未練はかなり薄れるんじゃないか。

心理学も占いも、病の治療やゲームとしては否定しないけれど、押し付けちゃいかんのではないか。

自戒も込めて。

今夜の電話は決してコムツカシイ話をしていたわけではなくて、魅力的な砂漠&友人の運転する飛行機での遊覧観光ツアーの企画が持ち上がったりで、あいかわらず出張前のテンパった心に一服の清涼剤な時間だったりしました。
posted by tobby at 00:00| ニューヨーク ☀| Comment(4) | そこはかとなく書き綴れば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
またまた難しい事を。
何はともあれ、先入観にとらわれず判断してくれる、「自分」と向き合ってくれる、そんな友人がいるのならば良いではないか。

人間十人十色で全く同じ人になんて出会わないから、自分の理解が及ばない人には何か当て嵌めて分類して、無理矢理納得しようとするものなのではないかな?
気まぐれでわがまま→B型だから→納得。
池袋で飲みたがる→埼玉県民だから→納得。
甘えん坊→末っ子だから→納得。
みたいな。

ま、そんな分類もたまには役に立つ事があるしね。
Posted by エリカ at 2005年09月09日 23:34
わからないと不安定な気持ちを、類型化によって安心感につなげたい、っていうなら理解できるかな。
でも得意げにそれを押し付けられるとイラっとくるんだけど。。

それにしても。これだけ世の中に「分類法本」が流行っているのは、相手が何者なのかわからなくて不安な人が多い証拠なのかもしれないね。
Posted by のび at 2005年09月10日 09:56
私もね、「B型でしょ」「ひとりっこでしょ」「料理できるの?」ってことを言われるんだよね。「なんで私があんたに料理せにゃあかんのかね」とも思うんだけど、そーいう人とは仲良くならないことが多いから、適当に答えてる。

私はのび君のがんばりや粘り強さにはたまげてる。こんなこと言っても否定するんだろうけど、この前会ったとき素直にそう思った。
Posted by 美和 at 2005年09月10日 10:27
>そーいう人とは仲良くならないことが多いから

と言えればよいのだけど、悪気なくよく会話に出がちじゃない?血液型占いとかって。まぁ気にしなきゃ良いんだろうけどね。
がんばり、粘り強さ‥。はい、否定しますよ。(笑)
根性ナシとして日本企業を生き抜くすべならだいぶ身につけました。
Posted by のび君 at 2005年09月14日 06:22
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。